「逆説としての無人を問う」

UNMANNED(アンマンド)は、無人の、という意味。この芸術祭は、現代社会を象徴する「人が存在しない=無人」に対して、逆説的に問いかける「希望」のプロジェクトに挑戦するものです。

かつて、宮本常一は以下のように投げかけました。

一つの時代にあっても、地域によっていろいろの差があり、それをまた先進と後進という形で簡単に割り切ってはいけないのではなかろうか。またわれわれは、ともすると前代の世界や自分たちより下層の社会に生きる人々を卑小に見たがる傾向がつよい。それで一種の悲痛感を持ちたがるものだが、御本人たちの立場や考え方に立ってみることも必要ではないかと思う。

『忘れられた日本人』より引用

それから半世紀。集落が町を、町が都市を目指し、地方の風土の上は「都市のような」霧でおおわれ、先進と後進の時代を経た社会はのっぺらぼうの風景に見えています。行き交う人々には目も鼻も口も無く、「人間」という存在が消えつつあります。

わたしたちは、2018年にはじまる「UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川」において、2つの無人をテーマとしてきました。

1つは「地方の無人化」です。当芸術祭の舞台である、静岡県島田市と川根本町の無人駅エリアも過疎の進行とともに無人化へと歩んでいます。大地を耕し、森を守り、大井川の恵によって生きる、そうした生活様式が成り立たない社会が目前にあります。

2つは「都市の無人化」です。地方では町中に、全国では大都市に人口が集中し、巨大な情報化によりこれまで人間が担っていた様々な場所が加速度的に無人化しています。地方の無人化までもが都市に流れ込み、会話も交流も創造への作業も禁じられつつあります。

地方における過疎化、都市における情報化・効率化、と反する局面において同時に無人化が進む現代において、無人駅というフィールドが日本そのものに見えてきます。人が減っていく…、その象徴的な場所が、鉄道駅の「無人駅」だと考えます。

また、私たちはもう一つの無人を経験しました。「コロナウィルスによる無人」です。新型コロナウィルスが世界中に蔓延して早2年。世界の在り方は大きく変化しました。会いたい人に自由に会いにいくことも禁じられ、会話が失われ、世界中の至る場所が無人化していきました。

人はなぜ生きるのか。コロナ禍を経て、その問いはより鮮明に浮かび上がります。改めて、現代社会が忘れている豊かさの意味や人間の底力を「無人と呼ばれる場所」からアートを道しるべに発信していきます。

かつて大井川鐵道は地域をつなぐ大動脈でした。かつて、溢れんばかりの人と物を運び、集落を結びつけていました。今は、鉄道を利用する人の数は減り、「無人駅」が点在しています。

しかし、無人駅を入口として広がる集落には、昔からの暮らし、生活文化が今も息づき、畑仕事や隣近所の集まりを大切に豊かでいきいき暮らす人々が確かに存在します。家やガレージで集って酒を飲み、畑で必要な分の野菜を育て分け合い、高齢化が進む中ながらも、みなで知恵を出し合い地域行事を続けています。土地に根ざした風習を大切に、自然に寄り添い生きています。そこには、のんびりとたおやかに脈々と生きてきた人間の存在の軌跡が今も変わらずあります。それは、現代社会が無くしかけてしまった「記憶」「風景」「営み」です。

私たちはこの芸術祭で、「無人の逆説」を証明するために、この地で暮らす人々のこれからの軌跡を見せたいのです。アーティスト達がいつしか「妖精たち」と名付けた「無人の人々」を。

最初は恥ずかしそうに、しかし一度親しくなれば損得関係なく、どこまでも懐を開き、協力を惜しまない集落の人々。普通のじいちゃんが驚くような技術と知恵を持っていること。それぞれの性格、得意なこと、不得意なことまでも含めて役割がゆるやかにあり、取り残される人など誰一人いない形で集落が回っていること。

アーティスト達は、無人の人々と接するうちに、その魅力と時代に取り残されていく一抹の哀しみとともに「妖精たち」という言葉であらわしました。そして、アーティスト達は、妖精たちの「記憶」「風景」「営み」を発見していきました。私たちは、芸術祭を通じてアーティスト達が発見した無人の人々の軌跡を顕在化させたいのです。この地に存在する人々を見せることが「無人の逆説」への証明となるからです。

当エリアを流れる大井川は、間ノ岳から駿河湾に注ぐ急流河川。悠久の歴史の中で何度も姿を変えてきました。いくつもの町を飲み込み、氾濫と鎮静を繰り返してきました。今、リニア開発に揺れる大井川。人間の手によってその流れすら断たれる可能性も出てきています。

それでも。

大井川とともにある我々は、大井川発の新たな地方の流れと、うねりと、曲がりを作っていきます。『UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川』として、「3つの無人」に挑戦し、都市部を目指し続けてきた地方に覆われている霧を晴らし、地域自身の持つアイデンティティに光を当て、新たな形で掲げる希望の道しるべとなることを目指しています。

先進と後進の時代の先で、無人という社会が向かう場所とは。私たちの豊かさとは。

「後進」の価値を顕在化することで、いまこそ「先進」の指標を見直したい。

大井川のうねりに内包されながら生きてきた人々からその手がかりを見出して欲しい。 そして、新たな指標を作っていくという行為こそ、アートの力であると信じています。

主催者

UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川
総合プロデューサー&ディレクター
NPO法人クロスメディアしまだ
大石歩真・兒玉絵美